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Wall Surrounded Journal

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ブーケ、という押し付け。

同期でも結婚する人が出てきた。

葬式の例を出すと失礼だろうが、いろんな式には様々なスタイルがある。しかし、多くの人がイメージするハッピーウエディングとは新婦が微笑み、色を直し、花束を投げる姿だろう。


価値観、という言葉を聞けばたいてい「特定の人が持つ独特なものの見方」という意味を想定する。
そうでない場合は「特定の層に共有された見識」という捉えになる。

日本の結婚式で投げるブーケトスは後者である。
端から見れば式を盛り上げ、とても楽しいイベントだ。

しかしながら、ブーケを受け取る側の人間にはそれと同時に別の感情を抱く者も多い。なぜならブーケトスを楽しんで端から見る層と、実際に参加する層は1つの明確なラインを引けるからだ。それは、ブーケを投げられる側か否かである。


ものすごく当たり前のことを書いたので「?」と思う人もいるだろう。
追記すればその「ブーケを投げられる側」というのはすべて独身女性である。すべてが結婚を待つ者であるはずはなく、結婚を出来ない者もしたくない者もいる。とりわけ「したくない、気乗りしない」者に関してはこれは価値観である。
層の違いが生む価値観の違いである。


そこで生まれるブーケトスへの、楽しさ以外の「別の感情」とは、司会に名前を直接呼ばれたり友人に促されたりして半強制的に花束争奪戦争に駆り出される独身女性が、その戦争に乗り気でなければないほど持つ、「なぜ自分が他人に見下される立場であの場に集められるのか」というものである。
そりゃそうだろ。


・結婚したくても環境が整わない。
・そもそも結婚が必ずしも幸せなこととは思わない(恋愛そのものに対する感情とは別)。


こんな戦士(そろそろこのたとえやめようか(笑))が一応、花嫁花婿をお祝いに式まで来てやってるのになんでこんな半強制ゲームに参戦せにゃならんのだ?


こんな考えをそもそも意識したことはなかったのだが、最近よくこのテの話をどこかしこで聞くようになった。
まぁ自分が未婚女性の側だったら気持ちは分かる。ブーケとは花嫁寄りの価値観で、トスはその押し付けとも考えられ得る。


だからオレが結婚式を上げるとするならば、そのスタイルを問わずブーケトスはしない。
あえてそういうスタイルの式ならば全員に小さなブーケを配るだろう。
そうなれば、そこで配るブーケとは幸せの象徴を意図しているとの共通認識は得られる(=「価値観」から外せる)。



まぁここではブーケを挙げたけど、これは家だったり子供だったりもそう。

「早く一国一城の主にならな」
「おじいさんに孫の顔見せてやれれば良かったのにね」

これらの言葉は、場合によってはブーケトスである。
もう理由は分かるでしょ。


まぁこういうブーケトスをする人はたいてい無意識に相手を下に見ている傾向がある。
相手になくて、自分にあるもの。それが日本社会で世間的に認められたものであればあるほど、その相手に対して無意識なブーケトスをしがちである。


心の中に花束を。
ただ、投げることなく。





p.s.
核実験についてどう思う?って聞かれたんで言いますけど、私の感想は

なんでそんな、前からやるって分かってたことを騒いでんの?

ってことです。