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Wall Surrounded Journal

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公務員になりたがる人たち

7月12日から、約1週間休みをいただく。


やりたいことが目の前にありすぎて、と歌った大江千里は見るからに「田舎に帰ろう」と言わんばかりだが、私はい草産業も衰退した田舎でうんざりの1人住まい中。
帰る場所は都会である。



突如、新型インフルという検査を受けない限りはそもそもなかったことと同義という不思議な抵抗をもろともせずに海外に出るという暴挙に出なければ、私が向かうのは開港150年のあの地であるから東京近辺の人はお暇ならよろしく。



さて、そんな都会から今週、ここ熊本に来た友人がいる。
久々にこちらで会うとなかなかに不思議な気持ちだ。
都会で知り合った人と地元、1000キロ以上も離れた地元で会うというのは楽しいというよりも真っ先に「不思議だ」という感情が出てくる。


話をしながら焼き肉をおごるため、店に入る。
私は運転手であったので、お酒が飲めなかった。彼はそれに気遣ったのか、はたまたそもそも飲む気が無かったのかは聞かないことにした。


バクラーとはアルコールが0.5%のビール風味の飲料。私はそれを飲み、彼はコーラを飲んだ。
どちらも泡が気分を変えてくれるもの。バブルは必ず弾けるものだが、飲んでいる最中はそれを気にはしない。


はじけたあとに残ったのは過去最悪の有効求人倍率。厳しい時代に就活をする友人を何人も持つ私は一番いい時期に就職させてもらった身分に過ぎず、複雑である。
彼は公務員を目指すという。



身近に公務員を目指す人が増えた。
若者の多くは終身雇用、年功序列の社会を、もはや信じてはいない。これは私なりに多くの現役世代と話した実感だ。
そんな中で、最後の希望が公務員なのだろう。彼は地方公務員を目指すために熊本に来ていたのだった。



しかしながら、私が彼に行ったアドバイスは公務員になれということではなかった。



最近になって問題視される日本的な就職制度に「新卒採用」がある。
一度落ちたら這い上がりにくい、と日本社会が言われるのはこのためだ。一度辞めるか、辞めさせられると、元の職場での待遇を再び得るにはかなりの能力がいる。新卒にはそれほどは求められていない。


地方公務員の素晴らしいところは、その傾向が比較的薄いところである。
民間を辞めて公務員になる人は多い。むしろ現役で直で入る人は少ない。
もちろんエリートは別だが。



これが一定の正しさを持つならば、何を意味するか。

それは、まずは民より始めたらどう?ということだ。

公務員は民間を辞めたあとからでもなれる。ただ、逆はそれ以上に困難だ。
公務員を一生続けられる自信があるなら、最初から公務員もいいだろう。



しかし、そんな「いきなり公務員」の方々は組織を経験したことがあるだろうか?
組織とは何かを考えたことがあるだろうか?
そして、一生公務員という自分を想定しただろうか?



公務員になるコストは安くないし、コストとはカネだけを指すものではない。

日本企業の価値観が変わらない限りは抗えない、公務員でいれなくなったときから味わう、不可逆性という名の猛吹雪を受け入れるのか。
最近の世の中は、抵抗をより少なくする方を求める風潮があると感じるだけに、本当にそれでいいのか。
その問いに明確に答えられそうになかったから、彼にはそういうアドバイスをしたのだ。



だが、彼はそれを受けても方針を変えないだろう。何故なら彼は既にその「コスト」を支払い続けているからだ。

もちろんそれは咎められるというよりは、親からは褒められることである。


ただ最後に、その親たちの言葉よりも1つ現実的な言葉を言おう。




「親の経験が通用しない未来が、そこにはある。」







あ、最後までグダグダ文章を読んでいただいてありがとうございます。
それでは、このタイミングでもう一言。



「ただ、世の中には地方公務員が最もよく似合う人というのもなかなかにいる。」



…あ、東大クラスのエリートはそもそもこの長い議論から外されますというのは途中で述べていますので。ハイ。