Wall Surrounded Journal

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世界の中心で鳩山イニシアチブを叫ぶ

鳩山総理は一連の外交日程を終え、いよいよ難題山積の日本の地に戻る。

その国内では、民主党が理想と現実の間で闘っている。いろいろ批判はあろうが、これからは理想ではなく落とし所の模索が続く。
個人的にはまだまだ見守るしかない段階に思う。


鳩山総理の国連演説では二酸化炭素排出量の「90年比25%減」が話題となった。
国内でも早速、経団連が実現に向けての方法論と、その際の国民負担について数値を出せと言っている。報道や討論の番組でも1世帯当たり36万円の負担増など、数値でその影響をデータで示して議論の前提のように用いられている。
しかし、どの議論をとっても現実のやる気を感じないとは思わないだろうか。


そもそも現実に温暖化が起きているのか、また、CO2削減が地球温暖化減少に寄与するのかについて、私が懐疑的であるのは何度も繰り返してきた。(それよりも重要なのは、エネルギー資源を欠く日本において、化石燃料節減である。)
しかしながら、前回の「合意の捏造」でも書いたように、世界がそれを指向して動くのならもはやそんな悠長なことは言っていられない。


今回の鳩山イニシアチブは、そんな現状において十分評価されていいと思う。なぜなら、やらなきゃいけなくて、誰もやる気がない状況では、まさに「言ったもん勝ち」だからだ。


忘れてはいけない「90年比25%減」の前提は、「他がやるなら」である。こんな大きな目標を日本単独でやることはない。裏を返せば「他がやらなきゃ日本もやらない」わけだ。つまり、思考できるのは以下の2つだ。


1:他がやらない→日本もやらない

この場合はもう鳩山総理の勝ちである。なぜなら何もしないのに「日本は温暖化対策に前向き」との印象を与えるからだ。
京都議定書の汚点をさらっと拭うことに成功している点も高評価だ。


2:アメリカも中国も参戦→日本もやることに

現在、総理や民主党の中には具体的対策への大枠での戦略はあれど、細かなビジョンは無いだろう。
このとき、国内では「出来るか分からないのに、あの発言が元で結局やるはめになった!」と大騒ぎになるかもしれない。やる気のなかった議論が本格的なものになってくるかもしれない。
そのとき、あの鳩山発言は悪であるか?

私はそうでないと思う。
なぜなら2のケースでは、オバマも胡錦濤も等しく同じ発言をすることになるからだ。
つまりそれらの国も、「出来るか分からないのに、あの発言が元で結局やるはめになった!」と大騒ぎになるわけだ。
そのとき、現段階でも民間は鳩山イニシアチブの前から、昨今のエコ意識醸成によりCO2対策に乗り出しているわけだから、勝ち目は十分にあると信じる。



以上の理由から、私は鳩山イニシアチブを評価する。
しかし、その文脈でそれを評価できる理由とは「どうせ実現するはずないから」である。
今回、総理の国連演説でのいくつかのイシューについて共通するのはその点である。
だからこそ真剣に議論している人たちを見て、私は思わず微笑んでしまうのだ。