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Wall Surrounded Journal

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日本が築き上げた”ワークシェア”

以前、報道ステーションで「欧州の一般的なワークシェア」の例としてデロイトが取り上げられていたのは一体どういう一般化の過程を踏んだのだろうと1人で笑っていたが、もうこの「ワークシェア」という言葉の賞味期限は切れたのだろうか。

以下はGoogle Trendにおける”ワークシェア”の検索回数(上段)とニュース参照回数(下段)である。

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こちらも笑えてくる。
所詮それも単なるブームだったのかと言いたくもなる。


上のトレンドでは(これは個人的な感覚とも一致するのだが)ブームの終焉にあたる去年の9月、Chikirinさんがこのワードを題材にエントリを書いておられた。状況の俯瞰に役立つとも思うので掲げておく。


“仕事より人が多い”ということ/Chikirinの日記
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090908

(前略)ヤマハ発動機、トヨタ、パナソニック、日産には、“アセンブリー系のメーカー”という共通点はあるが、別に系列でもグループでもない。そういう企業同士が社員の貸し借りを始めている。

こんなことされたら、失業している人には一生チャンスは回ってこない。人手が足りない企業は、外部から人を雇わず「余ってる企業から借りる」というのだ。当然、派遣会社や転職支援会社も“商売あがったり”だろう。

この国でもしもワークシェアというものを導入することになるならばそれは過去の例に漏れず大企業から適用していくのだろうが、そうなれば上記の展開が想定されるだろう。
つまり、ワークシェアの恩恵を受ける人は、いま職にありつけていない人でもなんでもない、”余った正社員”というわけだ。

これではポリシーメーカーがワークシェアに求めるものは実現されない。日本ではやはりワークシェアは進まないのだろうか。

いやしかし。
この観点から見えてくるのは、実は「日本的ワークシェアリング」というものはもう出来上がっているのではないか、ということである。


そのために少し迂回をさせて欲しい。
”仕事より人が多い”というのは私には預金を国債に回す状況とダブって感じられるのだが、それらはきっと国内に「新たな仕事が増えないから」というところに目先の一致を見出すのかもしれない。

論調として国内に「新たな産業が生まれる期待がない」という状況は即ち銀行にとって「有望な投資先がない」という状況に現れており、同時にそれは「我々にとっても一般的には、今後劇的に仕事が増える期待が低い」ということである。
ただ、筆者はこれ自体は日本特有の問題とは捉えていない。どちらかというと「先進国病」のようなものであろう。


さて、では何が日本的な現象を作り上げているかについてだが、そのヒントは以下のレポートに見出せるかもしれない。


日本はなぜデフレに陥りやすいのか/(社)農協共済総合研究所 調査研究部 木下茂 氏
http://www.nkri.or.jp/Rep109keizai-1.pdf [PDF]


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上図はレポートに提示されている各国のフィリップス曲線である。
何も難しくはない。ただ縦軸に賃金上昇率、横軸に失業率をとったグラフだ。

これを見ると日本はアメリカ・ユーロ圏と比較して、低失業率圏で勾配がきつい曲線を描いていることが分かる。
ちなみに、以下に見るように相対的に物価水準も失業に敏感に反応している。


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さて、これらから木下氏が述べているのは次の通りである。

一方で、日本における「低失業率・低賃金上昇率」の組み合わせが、不況期においても大量の失業を表面化させないバッファーになっている面もあるとみられる。欧米のように賃金が不況期においても相対的に高めに維持されれば、失業が大量発生する可能性が高い。

低い賃金上昇率を受け入れる代わりに雇用を維持していると捉えれば、事実上いわゆる「ワークシェアリング」を実現しているとも考えられ、社会全体の厚生改善に寄与しているとみることもできる。

仮に国民全体が「賃金水準が下がっても、失業するよりはまし」という選好を持っており、それが現状のようなフィリップス曲線の位置・形状に反映されているとするなら、政策的にデフレ予想の修正を促すことは容易ではないことになる。


つまり前半の議論に絡めると、日本の雇用者の「リストラするよりも賃金水準を下げる方が都合が良い」という選好と、日本の労働者に「賃金水準が下がっても失業するよりはまし」という選好が中長期に渡り一致してしまうような状況が実現されているとするならば、そこに「新たな産業が生まれる期待がない」という背景を絡めてしまえば、国民からデフレ予想を取り除くことは極めて難しいどころか、その思考の醸成が当然にも映るということだ。

もちろん木下氏も記述されているがデフレが名目ベースである財政と年金制度に与える影響は大きい。であるならば、もしも”仕事より人が多い”という状況が推定されるならば、それらが大きすぎないかということも議論に加えてよいような気もする。


こうやって国家全体の危機を語るのもよいが、まだまだ若い自分としてはこうした根深い問題への対策の採り方は結構ミクロなものであるように勘繰っている。