読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Wall Surrounded Journal

http://twitter.com/call_me_nots

私学助成は人口減少社会に必要か

ここのところ目立って減ってはいなかったので忘れられがちだったが、我々はすでに人口減少社会に突入している。


人口:1億2705万人…3年ぶり減 大都市集中続く
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100801k0000m010061000c.html

総人口は前年より1万8323人少ない1億2705万7860人(男性6208万435人、女性6497万7425人)で、3年ぶりに減少に転じた。少子高齢化の進展に伴い、死亡者数が出生者数を7万3024人上回り、過去最大の自然減となったことが要因。

人口増減は2つの要素に分けることができ、1つは単純に当該年に産まれた数から亡くなった数を引いた”自然増減”で、上記にあるとおりこれが過去最低を更新したのが昨年だったわけだ。少子高齢化の影響はここに出る。

もう1つは”社会増減”で、これは国際間の人の移動をみるもの。
単純に日本に入ってきた人から日本から出て行った人を引いたもの。 先程書いた”ここのところ目立って減ってはいなかった”という文言は上記記事でいえば

08、09年は企業の海外展開縮小の影響で、在外邦人の帰国などにより、社会増が自然減を上回り、総人口は微増していた。

という部分にあたる。
外に出ていた日本人が帰ってくる数が拡大していたため、一時はそれらが自然減をカバーしていた格好だ。
ちなみにネット上では積極的に議論されている移民についてはこの項目を押し上げる要因になる。

ただ、移民は日本の人口を維持しうるだろうが、彼らが老いる頃には現状以上の凄まじい人口減少を引き起こすことになる。つまりエコポイントと同じ先食いである。
しかも個人的には外国人研修生の悲惨な実態も聞くだけに、人口対策を目的に行う移民は反対である。
それは問題の先送りという理由に加え、それ自体が差別の構造を産んでしまうものであるからという理由による。


これからの数十年は人口減少と人口のさらなる都市部集中の時代となるだろう。
上の記事はそれを代弁している。


自然増はもう期待できない。
いまから”少子化対策”で人口減少を抑えることはできない。
2008/10〜2009/09では新生児は108.7万人、死亡者は114.6万人で△5.9万人で下降線をひた走っている。

さらに以下の人口ピラミッドを見れば分かるとおり、第2次ベビーブーマー世代がとうに出産のピークを過ぎているのに人口ピラミッドに新たなでっぱりが形成されていない。
また、時代的にも産めよ増やせよというわけにはいかない。
f:id:call_me_nots:20100821215358g:image


極大値を過ぎた日本の人口推移は高齢化率の推移も含めて2000年の予測からあまり乖離していない。
f:id:call_me_nots:20100821215359p:image
("「人口減少経済」の新しい公式―「縮む世界」の発想とシステム(松谷 明彦)"より )

団塊世代もとうに60を超え、毎年の死亡者数は彼らが年老いていくにつれさらに増えることが容易に予測される。

これは今から産んだり増やしたりしたって間に合わない規模である。
つまり、我々が考えなければならない”少子化対策”というのは「少子化を前提とした社会を模索していく」ということである。


また、都市(特に東京都市圏)への人口はさらに集中していく。
これは世界的にも進展していくのだが、現在でも世界一である東京都市圏人口は

(CNN) 国連がこのほど発表した報告書によると、人口1000万人を超える巨大都市の住民は現在、世界の都市人口の9.4%以上を占め、2025年には10.3%に達することが予想される。巨大都市の人口では、東京圏が世界首位に立っている。

国連経済社会局が3月末に発表した「世界都市化展望2009年修正報告」によると、世界には同年現在、人口1000万人以上の巨大都市が21カ所あり、この数は2025年までに29カ所に増える見通しだ。

巨大都市のうち、東京圏の人口は横浜、千葉などの周辺部を含め3650万人で、世界2位のインド・デリーを大幅に引き離している。これは国別人口のランクに当てはめると、アルジェリアやカナダ、ウガンダをしのぐ数字だ。

http://research.news.livedoor.com/r/43631 (original source is from CNN.co.jp)

と、これから15年でさらに進むという予測が立っている。
また、当然ながら以下の図の通り現状でもそれは継続中である。
f:id:call_me_nots:20100821215400p:image



さて、ここまでが前置きだったというと怒られそうだが、事実だから正直に言う。
ここまでが前置きでした。

これらを前提とした上で、今回は少しだけこれからの大学の在り方について考えてみよう。
先月、こんなニュースがあった。


募集停止学部の専任教員21人、全員解雇へ 千里金蘭大(2010年7月27日16時1分)
http://www.asahi.com/national/update/0727/OSK201007270074.html

 大阪府吹田市千里金蘭大学(学生数915人)が、募集停止した人間社会学部と現代社会学部の専任教員計21人全員に希望退職を募っていることがわかった。希望しない教員は今年度末で解雇する方針。両学部には3、4年生計100人が在籍しており、卒業論文の指導などが困難になるおそれがある。大学側は「必要な教員は非常勤などの扱いで再雇用する」としているが、文部科学省は法令違反の疑いがあるとして27日、大学側から事情を聴いている。

はっきり言って、こういうことはこれから当たり前に起きる。
少子化の時代、既存の学部や大学の数は過剰になる。(個人的には現在でも過剰だと思っているが)
つまりマスでみても縮小圧力がかかるわけだし、それは現在でも実際にかかっている。

そして縮小または撤退こそが効果的なオプションになるという学校法人が山のように出てくるのである。
そんな折に当事者ベースではあるが、”今、人件費を適正化しないと、大学が立ちゆかなくなる”という状況を鑑みて行う学部整理、そしてそれに伴う教員整理が法令違反の可能性があるというのである。

一見、在籍学生がまだいる段階で専任教師を解雇するというのはまずい気もするが、残り1年または2年いずれかの期間しか雇えない教師を専任にしておくというのも実務上難しいように思う。

もちろん学校法人であるわけなので、なりふり構わず縮小撤退という大鉈を振るうというわけにはいかないのかもしれないんだろうが、じゃあどのように維持出来ない学部・大学を撤退させていくべきなのだろうか。

もしもこれが法令違反となるのであれば、文科省にはそれを聞いてみたい。まさか潰しても教員を守れとはいうまい。また、他に彼らを受け入れる大学のキャパシティも落ちていく。


個人的な意見を述べさせていただくならば、今後私立大学への補助金は漸次的に無くしていくべきだと思う。
大学が就職予備校的な性質を帯びているとも指摘されている状況で、すべての大学に税金を投入すべきとは思わない。
入った大学のレベルも、そこで何をしたかも個々人まちまちである。大卒か否かで就職に大きな影響が生じる現状は果たして健全なのだろうか。

また、減少の一途をたどる、経済の生産規模を語る生産年齢人口は15〜64歳の男女のことである。大学の4年間分の労働力は小さくない。今後はこの部分で専ら”就職のため”という理由で大学に通う人や、税金を投じてまで大学で学んでもらうには学力が不足していると判定される人は労働力に回ってもらった方が今後の日本の力になるような気がする。

これは私立大学はいらないと言っているのではなく、実績やネームバリューがある大学はそれを活かして経営していけばいいわけだし、また資金・資産が潤沢な資産家や第2の自分を育てたいと思っている一風変わった人、あるいは寄付で運営出来るような法人は多少採算を度外視して学生を確保したっていいわけだ。(もちろん、これらが大学法人とならねばならないのならば、そう簡単にはいかないのが残念だが。)

また、企業が大学を運営してもいいだろうし、地域に大学を設置することが政策上必要だと思う地方自治体は個別に運営/私立大学への補助を行うことを考えればよい。

人口減少社会において、政府が私大を助成する意義は小さくなるのではないだろうか。

「人口減少経済」の新しい公式―「縮む世界」の発想とシステム

「人口減少経済」の新しい公式―「縮む世界」の発想とシステム


2020年の日本人―人口減少時代をどう生きる

2020年の日本人―人口減少時代をどう生きる