コインはまだまだ活躍する
以前「1円玉製造、ピークの2700分の1 電子マネー普及で(日本経済新聞)」という報道を元に「1円玉の旅の終わり」という記事を書いたが、あれからまた電子マネーに関するレポートも上がってきた。
そこで浮かび上がってきたのは、その報道にあったように「電子マネーが硬貨を代替している」と言うことはまだまだ難しそうだという考察であった。
ある程度は本稿で噛み砕きながら述べていくが、詳細は以下の2レポートを参照されたい。
(1)電子マネーが貨幣需要に与える影響について:時系列分析
北村行伸 大森真人 西田健太
http://www.mof.go.jp/jouhou/soken/kenkyu/ron202.pdf
(2)最近の電子マネーの動向について(2010年)
日本銀行決済機構局
http://www.boj.or.jp/type/ronbun/ron/research07/data/ron1010a.pdf
☆まず、数式見てもアレルギーがない人向け
(アレルギーある人は下の方の★まで飛ばして下さい。)
(1)の論文で用いられるモデルでは、貨幣(日銀券)の流通量(mjt = Mt/Pt)の増減を以下の要素で説明しようと試みている。
ただしjは金種であり、たとえば2009年期の100円玉の流通量はm100, 2009 。各金種ごとに推定結果を出力する。
各説明変数と用いられた指標は次の通り。
・ yt … 実質経済活動(モデル上は「鉱工業生産指数」)
・ it … 利子率(モデル上は「一年未満定期店頭金利」、%)
・ emt … 電子マネー要因(モデル上は「Edy+Suica 累積発行枚数」、億枚)
・ zt … 人口(億人)
さらに、論文では以下のように調整して分析を行っています。
この分析結果が以下の通りです。
全体的にモデルが要求する係数の符号条件は一致している。生産活動の増大は貨幣流通量を高めるし、短期の定期預金金利の上昇はそれを低くしている。
また、各変数の弾力性(ある変数の変化率ともう1つの変数の変化率の比)は以下の通り。ちなみに、表9上部は表8の係数と同じであり、表9下部は yt を ct …実質消費水準(モデル上は「実質商業販売額」、億円)に置き換えて推定したものです。
★分析から電子マネーについて分かること
●分析では現状、電子マネーの拡大は紙幣の流通量を減らしているとは言えず、5・10・50円硬貨については流通量を有意に減らしているものの、その影響は軽微。
・確かに各貨幣に対しては係数がマイナスであり、モデルが要求する符号条件に一致する。
・紙幣についてはプラスの数値を示すなど、紙幣流通を奪うような結果は見出せない。
・しかしながら、1・100・500円硬貨の係数は有意ではなく、また、その他の硬貨については有意だが、そもそもの係数が小さい。
●経済活動の水準や人口、利子率などの変化が貨幣および紙幣に及ぼす影響に比べて、電子マネーがそれらに及ぼす影響は極めて小さい。
したがって、冒頭にあるような「1円玉の流通を電子マネーが奪っている」という類の報道を信じることは、どうやら難しそうです。
現象の解釈としてはどちらかというと、経済および消費活動の停滞がそれらの流通量に影響を与えたと考えるほうが筋が通っていそうです。
(2)のレポートによれば電子マネーの利用者に対するアンケートにおいては、彼らが電子マネーを使うようになっても、彼らが自分のサイフの中に持つ小銭の量について変化を感じていないようです。
もっと電子マネーが普及すると…?
論文のモデルからすれば、たとえば「電子マネーの使い勝手」が高まるとどうなるかなどといったことは分かりません。
もしもすべての小売店などでそれらが受け入れられるということになるならば、電子マネーは貨幣を一定程度代替するでしょう。
現に、多くの国でATMの普及は「万が一に備えて貨幣をサイフの中に入れておく」という貨幣需要を落としていることが確認されているようですし。
なお、現状は(2)のレポートにもあります通り決済金額(フロー)では、電子マネーはクレジットカードの3%程度(ストック面で見ると、貨幣発行残高に対する電子マネー発行残高は2.6%)。まだまだ発展途上と申し上げて問題はなさそうです。
「1円玉の旅の終わり」はまだまだ遠そうですね。