Wall Surrounded Journal

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とりあえず書けるだけ書いてみたアイルランド情勢レビュー

今月、アイルランドの財政懸念に揺れるユーロは1ユーロ=1.42ドル近辺から1.32ドル近辺へと急下落している。
なのでというわけではないが、ここで一度その情勢を整理しておこうと思う。


アイルランド:金融再構築が急務 財政支援申請 - 毎日新聞
2010年11月22日 12時7分
http://mainichi.jp/select/today/news/20101122k0000e020050000c.html

アイルランドは90年代後半から不動産・建設ブームが起き、地価は07年までの10年間で4倍以上に上昇した。しかし、07年上期にバブルが崩壊し、不動産価格はピーク時から約4割下落、「不動産バブルが過度に膨らみ、過度に落ち込んだ」(ホフマン中央銀行総裁)。現在も年率約4%の下落が続く。
さらに、08年にはリーマン・ショックで金融機関の経営が悪化した。政府は、09年1月にアングロ・アイリッシュ銀行を国有化するなど、公的資金をこれまで330億ユーロ(約3兆8000億円)を投入した。だが、不動産価格の下落を背景に追加投入が必要になり、政府はこれまでの投入分を含めて最大500億ユーロの投入が必要と見積もる。同国の国内総生産(GDP)の3割以上に当たる額だが、市場では「800億ユーロは必要」(HSBC)など、それでも足りないとの見方が強い。


アイルランドの金融機関、融資損失は推計9.6兆円以上−中銀総裁 / bloomberg
11月10日
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920015&sid=aslV712MmclY

アイルランドで2007年から営業している外資系主要6行の損失に、政府保証を受けている国内6銀行の中銀の「基本シナリオ」に基づいた2012年までの損失見通しを加えると、「合わせて850億ユーロ以上の融資損失」を意味すると説明した。


GDP比でも3割以上とあるが、毎年の税収が400億ユーロにも満たない中で、基本シナリオで2012年までに850億ユーロの融資損失ということであれば、これを放置すると金融システムは崩壊してしまうのは容易に想像がつく。

そんな中、アイルランド政府は今後4年間で150億ユーロを捻出する財政プランを打ち出している。このプランによれば、うち50億ユーロが増税によるもので、100億ユーロが社会保障削減などによる歳出削減で確保される見通しだ。*1
しかし、そんなアイルランドの状況は確かに「ギリシャとは違うのだよ」と言われれば違うので、国民感情としてはたとえ他国やIMFから支援を受けるにしても、これを増税・歳出削減で回避するというのは納得がいかないのはよく分かる。

毎日新聞の記事に拠れば

(アイルランドの)カウヘン連立政権は、4年間で150億ユーロの財政赤字削減策を検討中だが、野党は「失業拡大を招く」として反対を表明。支持率は与党・共和党の18%に対し、野党・アイルランド統一党は32%と逆転している。


ということであるから、政治面の綱渡りも厳しい情勢だ。
28日の日経でも労組を中心に5万人と大規模なデモが行われたと報じられている。*2

そんな中、カウエン首相は来年早々にも解散総選挙を行う意向を示している。


アイルランド救済、首相が来年1月の解散・総選挙表明 - MSN産経
2010.11.23 21:25
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/101123/erp1011232126008-n1.htm

来年1月に救済条件となる緊縮予算案を成立させた後、解散・総選挙を実施すると表明した。しかし、下院の与野党の差はわずか3議席で、予算案が成立するかどうかは微妙な情勢だ。
(中略)
首相は記者会見で「緊縮予算案を成立させた後、困難な時期の政府を誰が担うのか問いたい」と述べた。連立を組む緑の党が予算成立後、政権を離脱すると表明、首相率いる共和党だけでは下院の過半数を維持できなくなるためだ。


先程触れた緊縮予算案についても上記の記事に拠れば、成立もいささか厳しい情勢であるわけであり、ここにきて政治リスクも複合と極めて予断を許さない状況だ。
さて、そんな中ようやくと言ってもいいかもしれないが、格付け会社であるS&Pは26日、政府が救済しているアングロアイリッシュ銀行の格付けを従来の「BBB」から6段階引き下げて「B」に設定したと発表している。*3

先日は欧州の大手決済機関であるLCHクリアネットが、アイルランド国債を取引する際に必要な証拠金を30%から45%へとさらに引き上げた。*4
同じユーロ圏で最も信用力のあるドイツの連邦債との利回り格差がユーロ導入以来最高となったこと(=債券価格は下落)がその背景とされている。
要は、それだけある程度の資金力の裏付けがないと、今後の価格下落リスクに対応できないのではないかという懸念がユーロ通貨が始まって以来最大となったわけである。

政治リスクと金融機関とソブリンのシステミックリスク両方を抱えるアイルランドだが、ユーロ圏諸国が対応できるのは後者のみだ。
EU諸国とIMFは総額850億ユーロという緊急支援に向けて準備が進められている。
うち500億ユーロが今後3年間のアイルランドの財政支援、350億ユーロが融資損失に揺れる金融機関への支援へと充てられるものと見られている。(緊急会合直前の情報*5


EUとIMF アイルランド救済の緊急融資で合意 最大9・5兆円規模
2010.11.29 00:14 - MSN産経
http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/101129/fnc1011290015000-n1.htm

【ロンドン=木村正人】欧州連合(EU)と国際通貨基金IMF)は28日、財政危機に陥ったアイルランドに最大850億ユーロ(約9兆5千億円)を緊急融資することでアイルランド政府と合意した。欧米メディアが報じた。EUは同日、緊急の欧州単一通貨ユーロ圏(16カ国)財務相会合、EU財務相理事会を開き、救済策を承認する見通しだ。

 今春、財政問題に直面したギリシャ危機を受け、EUとIMFが創設した総額7500億ユーロの「欧州金融安定化基金」から拠出される。同基金の活用は初めてで、ユーロに参加していない英国、スウェーデンなどによる2国間融資も実施される。

 2011年から4年間で総額150億ユーロを削減するなど支援の条件となる緊縮財政策の実施をEUなどに約束したアイルランド政府だが、同国議会の与野党勢力は拮抗しており、緊縮財政策の基礎となる11年予算を可決できるかどうかが関門となる。

 ドイツとフランスは、ユーロ圏で低めに設定されるアイルランドの法人税(12・5%)の引き上げを主張するなど、調整が手間取る恐れもある。


今年前半の欧州ソブリンリスク以降、EU諸国の金融機関の資金調達はECB(欧州中央銀行)が流動性供給を絞り、欧州短期金利が1%近辺となるにつれECBへの依存をやめてきているが、アイルランドのそれは市場から資金調達が出来ないために1300億ユーロ(10月末現在)以上とECB供給量の実に4分の1を上回る量をECBに依存する状況であり、緊急支援のうちの350億ユーロはそこへのアプローチとなる。

EU諸国はこれと財政支援でContagionリスク(金融機関の麻痺が伝播するリスク)に対応しようとする構えで、合意となれば目先の危機は回避される規模と思ってよいでしょう。

しかし、先程の政治リスクはその後に顕在化する可能性があるわけで、合意に至ったとしても、年明けてみたらドンデン返しという懸念も、個人的には考慮しておいた方がよいのではと思っています。

*1:http://www.marketwatch.com/story/ireland-unveils-four-year-austerity-plan-2010-11-24?siteid=bnbh

*2:http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C9381959FE0EAE2E2E08DE0EAE3E3E0E2E3E29494EAE2E2E2?n_cid=DSGGL001

*3:http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920012&sid=aleDkIQ.uIMI

*4:http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-18340820101125

*5:http://www.ft.com/cms/s/0/942f02c2-fae1-11df-b576-00144feab49a.html#axzz16aENkGxl