Wall Surrounded Journal

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人口減少の時代、終身雇用のコスト

@gshibayamaさんのブログに「日本の生産性は低いのか?」というエントリに興味深いパワーポイントが紹介されていた。
その“Productivity in Europe. From the expansion to the crisis”というタイトルのPPTで掲載されていたのが以下のグラフである。
前半の一部をピックアップして1つずつ見てみよう。


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これはGVA(= Gross Value Added: 粗付加価値額)の国際(といっても欧米日ですが)比較の図。
と言われても・・・という方のために上の図表を眺めるのに必要な知識を簡単に解説しておく。

GVA は1国(地域)で一定期間に生み出された付加価値の総額。
つまり、 GVA + (生産された製品にかかる税金) - (その製品に投入される補助金の総額) = GDP となる。

Hours Workedは総労働時間。Productivityは生産性なので、GVA = Hours Worked × Productivity となるが、上図に掲げてあるのは1995-2009の間の各要素の変化率であるため、
ΔGVA(GVAの増減率) − ΔHours Worked = ΔProductivityとなっている様子がうかがえるだろう。


EU-10は資料では"The New Member States"としてポーランドやハンガリーなどのEU周縁国を示しており、比較的先進のEU既存の15ヶ国(UKも含む)をEU-15、それらの合計をEU-25と表記している。
EU-10はこの期間に大きな生産性の伸びを示したため、GVAも大きくなっているが、日米と比較する対象としてはやはりEU-15の方に注目しておきたい。

この場合、日本の特殊性は明らかである。
大きく落ち込んだのはHours Worked、総労働時間である。
したがって、確かに生産性でいえばここ15年間の上昇率で日本はEU-15に勝っているとはいえるのだが、それは労働時間削減による効果が寄与しているということになる。


さて、今度はこれを労働時間ではなく人件費の面から見てみよう。
単位労働コスト(Unit Labor Cost)は一定のモノを作るのに必要な経費(労働コスト)であり、その変化率は名目賃金上昇率から生産性の上昇分を差し引いたものとなる。*1
つまり、ΔUnit Labor Cost = ΔWage − ΔProductivityとなる。
これを踏まえて以下のグラフを見ていただこう。


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ここではEurozoneのデータが10ではなく12に、日本のデータが1995-2008となっているが、これは入手可能だったデータの制約からとみられる。
さて、このグラフで真っ先に気付くのは、単位労働コストが日本だけ著しく低下している点だ。
説明としては、日本人全体の賃金は生産性の上昇分ほどは上がっておらず、したがって一定の生産に必要な人件費は逆に安くなってきたということになる。

新たな付加価値がないと、基本的には対抗手段は既存の製品の生産効率を上げての値下げしかない。そして、その勝負の結果は国内のデフレ圧力に現れることになる。
ただ、日本の場合は以前から労働生産性の上昇に対する労働時間当たりの賃金の伸びが他国に比べて低いことが、過去記事「人口減少社会に私学助成は必要か」でもご紹介した松谷明彦氏*2の著書「人口減少経済の新しい公式」で以下のグラフに指摘されている。


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労働生産性の上昇が賃金に反映されにくいということは、マクロで見た傾向としては経済を十分に拡大できない方向に進ませるだろう。
その反映を妨げるものは雇用契約の強さから来る賃金の硬直性であったり、経営者による過大な設備投資、労働分配率の低迷*3などが考えられるだろう。



さらに、直近のリセッション後(2007-2009)とそれ以前(1995-2007)を比較したデータでは、逆にアメリカが最近は雇用削減で際立っており、その分、労働生産性が向上している。
また、日本および欧州15ヶ国でも労働投入量(時間)を減らしているが、粗付加価値額がそれ以上低下しており、生産性も落ち、同時に大きく単位労働コストが上昇している。
逆にアメリカではULCは微減となっており、それに関することが岩本康志氏のブログでも触れてある。


現状では雇用判断でも余剰感が続く日本だが、今後は生産年齢人口が毎年1%以上落ち込む時代が続いていく
これからもGDPの増分である”経済成長”を求めていくということがどれだけ困難かは想像に難くない。
与野党各党が考える成長戦略*4を見る中で、何か違う目標があってもいいのではと思うのは私だけだろうか。

しかし、それでも経済成長を目指すと言うのであれば、新たな付加価値を産むことと、生産性を高めることはやはり必要となる。
だが、それらは若者を積極的に使わない、企業がさらに国外に進出をしていかない環境では労働力人口の減少も相まり、これまでの常識など通用しないくらいに実現しにくいということでもある。
また、縮小する経済下での終身雇用のコストは逆立ちしたピラミッドを連想すべきほど高くなるものである。

矛盾する主張を続けていられる時間はそれほど残されていないように思うのだが。


人口減少時代の大都市経済 ―価値転換への選択

人口減少時代の大都市経済 ―価値転換への選択

*1:ULC=(雇用者数×1人当り名目賃金)/生産量 = 1人当り名目賃金/(生産量/雇用者数)=1人当り名目賃金/生産性

*2:新刊「[http://www.amazon.co.jp/gp/product/4492395458?ie=UTF8&tag=finap-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4492395458:title=人口減少時代の大都市経済]」もポリシーメーカーには1度は読んで欲しい著書。かなり前から人口減少社会への対応を研究及び著書で呼びかけておられるあたり個人的にはかなり尊敬しているのだが、ただ、未だに新刊でも単純な論理で既発債のコンソル債による借換を勧めてくるのは全く理解できない。

*3:特に、79-91年は特に低かった http://www5.cao.go.jp/keizai3/2005/1202nk/05-3-1-07z.html

*4:本当は政治家にそんなもの決めてもらいたくないのだが。