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Wall Surrounded Journal

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政府が”ココニイルコト”

原発事故への政府の対応に批判が集まっている。
最近では興味深いことに一部、国内外の論調が共通することが多くなってきた。
もちろん、ポジティブな論調ではない。

それらには”情報公開の不足”に端を発するものが少なくない。
それはそうだ。自分や周囲の生命に関わる情報を隠されたのではたまったものではない。

だが、それらの中にはちょっとした違和感を感じるものもある。
そもそも論ではあるが、組織は非常時には特に情報を隠したがるものではないだろうか。
それが政府ともなれば、隠した情報もなかなかオモテには出てこない。

ましてや、このねじれ状況*1ではどの大政党*2にやらせても、誰をリーダーにして政権運営をやらせても大差はないと思っている。


これに派生する今回の事故の論点としては(1)”海外への情報提供”の問題、(2)”避難区域”の問題、概ね2点がある。

前者(1)は、英語での情報発信や海外記者対応をはじめ、次々に批判が寄せられている。それらの政府の失策は明らかなのは間違いない。
ただ、「海外に迅速に情報提供を行い、協力を求めろ」という指摘に関しては、主張の前に少しだけ落ち着いて考えたい。*3
何を考えるかについては、後者(2)の議論に似たような論点があるので、以下を続けて読んでもらいたい。


さて、その後者(2)については、某社長の叫びに代表されるような、「早急に避難区域を広げろ」という主張がある。
この論点に入る前に、いきなりではあるが、いま話題の「電気事業法27条」の文言を以下に挙げる。

(電気の使用制限等)
第27条 経済産業大臣は、電気の需給の調整を行わなければ電気の供給の不足が国民経済及び国民生活に悪影響を及ぼし、公共の利益を阻害するおそれがあると認められるときは、その事態を克服するため必要な限度において、政令で定めるところにより、使用電力量の限度、使用最大電力の限度、用途若しくは使用を停止すべき日時を定めて、一般電気事業者、特定電気事業者若しくは特定規模電気事業者の供給する電気の使用を制限し、又は受電電力の容量の限度を定めて、一般電気事業者からの受電を制限することができる。

このように、基本的に、国家の危機に際しての政府*4の非常時の行動は、彼らの考える「公共の利益」に基づいて決定されるわけだ。
“避難区域”の問題に関して言えば、その例として、「物流」「避難先確保」「現地の人々の生活・心情」「費用」などが挙げられるだろう。
もちろん、政府は判断材料として、これまた未公開の各種シミュレーションや生のデータも保有している。
そうした、彼ら*5は独自の「公共の利益」ロジックと”それに基づいて隠された情報”によって現行の”避難区域”を判断している。

“福島県民をカナリヤにしてはならない”というような主張も痛切なほどに理解が出来る。現地を思えば目の前も真っ暗になってくる。

だが、であるならば余計に、政府を批判するよりは、”そこ”に政府が立って構えていること自体を考えた方がいい。
例の社長がどれだけ叫んで、避難域の拡大を政府が実行したところで、責を負うのは政府なのだ。


もしも”政治はもっと良くなる”という希望をお持ちの方であるなら、反論はもっと、”彼らの判断材料”を意識して行うのが良いように思う。
あまりそう思わないのなら、それらを”政府に任せている現状”そのものを考えた方が良いのではないだろうか。*6

*1:そう簡単にねじれトレンドを解消できる時代とも思っていないけどね。

*2:つっても今のとこ2つしかないけど

*3:されてるとは思うけれども

*4:別に政府に限る必要もないが

*5:と呼称するには大きすぎるかもしれないが

*6:結果的に(1)の議論を途中で投げ出した格好になっているのは、ここまで読んでいただけたら「言わなくても分かってくれるのでは」という非常にセルフィッシュな幻想に基づいての行動である。