Wall Surrounded Journal

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国民が紙幣に利息を求めない4つの理由

紙幣が「負債」となる機関


この概論は読み飛ばしていただいて構わない。

ご存知の通り、あなたが日常的に保有する紙幣には「日本銀行券」の文字がある。
あなたも、一般的な市中銀行も、どこの株式会社であっても、彼らがもつ紙幣すなわち日本銀行券は、すべてバランスシートの左側「現金」勘定に現れる。たとえば、あなたがATMでカードローンによる借り入れを行ったならば、あなたのバランスシートの資産の部に「現金 10,000円」と負債の部に「借入金 10,000円」が同時に計上される。

しかし、当然ながらこの日本銀行券が「負債の部」、バランスシートの右側に現れる主体がただ1つ存在する。日本銀行だ。
あなたの給与がみずほ銀行に振り込まれると、あなたのバランスシート上は「預金」が左側「資産の部」に現れるが、みずほ銀行のバランスシート上は右側の負債の部に現れる。これと同じ構図である。

ざっくり言って、みずほ銀行のディスクロージャー等によると、H.22/4〜h33/3の1年間に、75.8兆円の預金(平残)に対し、534億円の利息(ここに掲げた数値はすべて譲渡性預金を含む)が支払われた。翻って日銀を見てみると、h34/2では約80兆円の通貨を発行している状況だ(月中平残)。
そしてこのわざとらしい書き方とタイトルでお分かりのように、この発行された通貨に対して日本銀行は何ら利息を支払っていない。

こうした記述に違和感を覚える方も多くいるだろう。
我々は日本銀行に預金した覚えもないし、おそらく多くの人はそこに預けたいという欲求すらない。
しかしながら、日本銀行のバランスシートの右側には「発行銀行券」と「預金(もっぱら当座)」という勘定があり、この資金調達により買ったものや民間に貸したものなどが左側に書かれている。
その左側では、日銀は国債はもちろんのこと、いまではCP・社債、ETFREITまでお買い上げだ。
ここで1つだけ引用させていただき、タイトルに掲げたテーマに入ろう。

紙幣のない世界の物価と金融政策 - 投資の消費性について
http://d.hatena.ne.jp/equilibrista/20101018/p1

そもそも日銀が職員に給料を払い、国庫に釣りまで返す*1ことができるのは、預貸利鞘があるからだ。つまり日銀は、金を安く借りて高く貸すことで、利益を得ている。「安く借りて」の部分は、要するに紙幣の発行のことで、「高く貸す」の部分は、要するに国債の購入のことだが、ちょっとピンと来ない方も居るかもしれない。紙幣の発行が、なぜ「安く借りて」いることになるのかと。こう考えてみていただきたい。我々が紙幣を持つ代わりに銀行にお金を預けておけば、今はとても小さいが、しかし利息がつく。そのあきらめた利息は、得べかりし利息は、我々が日銀に寄付しているようなものだと。紙幣でしか買い物ができないからといって、あるはずだった利息をあきらめるのは、決して当然のことではない。

さて、我々がこの「得べかりし利息」を「日銀に寄付」し続ける理由は何だろうか。
そして、この状況は今後も続くのかについても少しだけ検討してみようと思う。

我々が「日本銀行券」に利息の支払いを求めない理由


1.日銀に「貸している」という認識がない


一言で言ってしまうと、「紙幣に利息がつくはずがない」という常識があるからだ。
小中学校の先生は銀行にお金を預けると利息がもらえることは教えてくれるが、大企業が必死に管理してきた「紙幣を保有するコスト」については教えてくれない。

もちろん前世紀とは違い、我々が紙幣を持って日銀に怒鳴りこんでも、彼らは何とも交換してくれない。
とはいえ、中央銀行のバランスシートが普通の金融機関のそれに次第に少しずつ近づいている中で、「なぜ預金を引き出すと突然無利息になるんだろう」という意識は高まってもいいのかもしれない。ものすごく長い目で見れば。

2.そもそも利息を支払う手段がない


これでは大きすぎると怒られそうだが、仮に国内銀行平均の半分、0.01%くらいの金利で発行銀行券と補助貨幣に対して日銀が利息を支払うとすると、1年に80億円前後の利息が通貨利用者に支払われることになる。
だが残念なことにミクロで見てしまうと、これは大変なことになる。

あなたの財布に平均的に存在する1万円札に、どうやって1円を届けたらいいだろうか。
あなたが今年度に持っていた現金は平均的にはいくらだろうか。

我々は日銀に口座を持っていないのだから、あなたが日銀にどれだけお金を貸しているかを、日銀は捕捉しないし、したいとも思わない。
銀行券には番号が割り当てられているから、利息の受け渡しは実務的に不可能と断言まではできないのだろうけど、可能だからといって現実にこれで得をする人は寡少と言わざるを得ない。

もちろん技術の進歩につれ、この言い訳は通用しなくなる余地があるのも事実だろう。
とはいえ、これが言い訳となる次元にすら至っていないのが現状でもある。

3.紙幣を過剰に多く持つ動機が「紙幣の匿名性」にある


国税庁は毎年ドヤ顔で報道機関に対し「土の中から現金掘り起こしましたよ画像」を提供するが、最も紙幣に利息を求めてもいいような層は同時に、「最も紙幣を持っていることを隠したい層」であることが往々にしてある。
つまり、これは紙幣の大量保有者が「あるはずだった利息をあきらめたい」人であることを意味する。

4.利息をあきらめてでも、守りたいものがある


「日銀へ利息を求めてもおかしくはないのでは」
こういう認識が共有されても、それを放棄してまで守りたいものがあるという人は少なくはないだろう。

「はした金はいらんから、きちんとやってくれればそれでいいんだよ」
こんな日本的な言葉がどこかから聞こえてきそうだ。
将来無料になるはずであった高速道路の通行料金が払われ続けるように、紙幣保有者が薄く広く決済インフラの維持管理費を負担し、かつ、政策の余地を提供している構図は、私にとっては割と現状を表しているように思える。

最後に


これ以上その理由ばかり述べてもキリがないから、まとめに入ろう。
これまで見てきたように、今後も技術は進展するし、決済の手段も増えるし、日本銀行に対して利息の支払いを求める人が今後出てくる可能性は否定出来ない。

だが、4つの理由を掲げたように、日本銀行が存続する間に、それが1つの政治的な運動になるような気はやっぱりしない。
そういうことにはなるのだが、ただここで無視できないのは、日本銀行の運営上や人々の日々の決済の上に何らかの異常が発生した場合である。
そうなると、大分先のことではあるかもしれないが、ここで述べてきたような平時の理屈がどこまで通用するかは分からない、かもしれない。

現行の中央銀行の体制は100年として続いているわけではないし、英語では紙幣も手形もどちらも「bill」だ。
そして日銀が国民の声から独立ではないことは、日銀の中の人が自覚するところだ。

※最後に1つだけ補足しておくと、引用したequilibristaさんのエントリを読めば分かるように、彼が紙幣には利息が付されるべきだと考える理由はまた別のところにある。

参考資料


会計・決算 :日本銀行 Bank of Japan
http://www.boj.or.jp/about/account/index.htm/
みずほ銀行:株主・投資家のみなさま
http://www.mizuhobank.co.jp/company/investors/index.html

 

■本稿は別で運用しているサイト向けに書いたものです。
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*1:引用元は2010年のエントリ。最近では為替差損で剰余金がマイナスとなる環境にある。もちろんその事実をもって何かを騒ぎ立てる段階にはない。