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Wall Surrounded Journal

http://twitter.com/call_me_nots

完全電子マネー社会の「為替レート」

以前、究極の電子マネー社会について妄想を膨らませたが、その世界に為替レートが存在するかで議論になった。
私は存在しないと思っていた。
だって、同じ通貨単位を共有する別の地域の財やサービスを買ったり投資を行うのに、なぜ通貨の交換レートが存在出来るのかがボクには理解できない。
でも、多くの人になくなるはずがないと言われちゃった。


さて、「思っていた」と語り始めるからにはじゃあ今はどう思っているんだということになるわけだが、プロアマ含めていろんな人に聞いた個人的思考の途中結果としては*1

●持論

(1)「完全な電子マネー社会(今後、CeM社会と呼ぶ。)」では、為替レートは存在しない。
(2)ただし、各財やサービスの価格には送料や特別なプレミアム*2の他に、その供給元の地域の特性が反映され、これを一種の為替レートと想定することも可能。


上記に補足する前に、簡単に「CeM社会」を定義しておく。

私の中のCeM社会*3の現行の定義としては、

1)中央銀行が存在しない
2)人々が決済に貨幣や紙幣を用いない
3)独立した1つの世界*4

のすべてを満たす世界というように考えている。
今後、必要に応じて説明を加えるかもしれないが、シンプルなものが好ましい。ある方の期間言及を拝借して語るならば、25世紀に向かって諸々のシステムはシンプルを極めるだろう。


さて、改めて持論(2)について補足する。
いくら同一の通貨単位を共有する世界であっても、これだけ広い世界である。経済成長率だって各地で異なるし、気候だって違う。
それならば、各地の財やサービス、証券の価格には各地の”色”のようなものが織り込まれて然るべきかもしれない。

したがって、各地の財やサービス、証券の価格の形成を各要素に分解するならば、その中に「為替レートのような要素」が存在するかもしれないというわけだ。
でも、純然たる「為替レート」とやらは、やっぱり存在しないと思う。


てなわけで、金麦飲みながら書いてみました。
また妄想ですよ。間違いとかあったら優しく教えて下さい。よかったら。

*1:プロって何だよ

*2:たとえば、異言語間での取引には相応のものが存在していいはずだ。

*3:別に電子マネー以外に価値尺度が存在できるならばそれでいいが、おそらくeMが都合がいいだろう。

*4:もちろん、人々の移動だって自由だし、勤務先の選択だって労使の需給が決めるべきだ。