Wall Surrounded Journal

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「高利で貸す」のは悪いのか

 先週の金曜日、折からの過払い返還に喘ぐ消費者金融業界の大手「プロミス」の株価が年初来安値を更新した。

●金融セクター軒並み安、プロミスは一時ストップ安
モーニングスター)2010/10/15 13:42
http://www.morningstar.co.jp/portal/RncNewsDetailAction.do?rncNo=368884


 先日の武富士破綻を契機に、再び当該債務者の過払いに対する問い合わせも増えているとのことで、過払いによるキャッシュアウトのスピードアップも懸念されている。
 また、それに加えて今回は政府が大阪府の貸金特区構想にNoを叩きつけたからという要因もはたらいている。
 現行法の適用について特例を認めるから「特区」なのに、「法の公平性に反する」からダメだというのは正直、説明としては納得がいかない部分もある。*1

●貸金特区、国からNOで、橋下知事「話が通らぬなら日本沈没
(産経新聞) 2010.10.15 09:06

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101015/plc1010150908008-n1.htm


 ここで1度、過払い請求について復習しておく。
 平成18年で最高裁判決が出るまでの間、

(1)「金銭を目的とする消費貸借上の利息の契約」(利息契約)は、その利息が20〜15%(借入額に応じて変わる)を超えるとき、その超過部分につき無効と定めるという利息制限法1条1項

(2)「金銭の貸付けを行う者が業として金銭の貸付けを行う場合」に、年29.2%を超える割合による利息の契約をしたときは、「5年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」と定める出資法 5条2項

 という2つの異なる貸金業への法的な利息制限があったが、(2)だけを満たすような金利設定をグレーゾーン金利と呼んでいた。(つまり、15-20%と29.2%の間)
 その間の金利での貸出はいわば”黙認されていた”状況だったが、先程の判決により借りていた側に有利な解釈が示され、債務者はその払いすぎていた(結果的に過払いしていた)グレーゾーン部分の金利の返還を貸金業者に請求できるようになった。


 本件はもちろん、消費者金融側の利息制限法の軽視が問題であるが、それらは大きく公表されながら行われてきたという事実は明らかで、一定期間黙認され続けてきたというのも同時にいえる。    


 さて、本題に入ろう。

 我々は比較的小さなころから、「高利貸は悪だ」というように教え込まれている気がする。
中世や近代の高利貸についての歴史教科書の記述も、私が受けてきた教育では、マイナスイメージで説明されてきたように思う。
この単語を聞いてプラスのイメージを持つ人はそれほど多くないように思うがいかがだろうか。

 皆さんも歴史の授業で習ってきたと思うが、日本、諸外国に限らず、相当前から高利貸は存在している。

 上野泰也氏の「No.1エコノミストが書いた世界一わかりやすい金利の本」では、冒頭から「貸借のしくみは1200年前からあった」として、「出挙(すいこ)」と呼ばれる8世紀以降の”貸借料を伴う”稲や種の貸借で回っていたシステムがわずかながら紹介される。
 井原今朝男氏は「中世の借金事情 (歴史文化ライブラリー) 」にて、その出挙や年貢の代納システムに組み込まれた貸借システム等、中世の貸し借りで回る経済システムを紐解こうと試みている。

 ここでは、後者の書籍(以後、「本書」と呼ぶ)を参考に中世の法による利息制限を見てみよう。
 ちなみにこの本は示唆的で読むに値するとは思うが、個人的な感想としては、本書は筆者の信念が色濃くでてしまっており、途中の史料解説もその信念に沿って展開されるので、その辺を考慮の上読まれることをオススメする。ここまで言うからには、本書と本稿の主張はかなり違うということはここで宣言しておく。


 本書も先程の出挙から述べ始める。
 出挙とは稲作において春先に良質な種籾を借りて、秋の収穫期に利子をつけて返すといった、貸借料を伴う貸し借りである。
 通常、一粒のモミは数百倍の籾粒をつけることから、この出挙の他に租や庸、調といった日本史でおなじみの5%程度の税金を払ったところで、困ることはなかった。

 しかしながら、9世紀以後の中世においては飢饉や疫病、戦乱が連続し、この返済がままならない→翌期の生産原資がないという状態が頻発するようになる。
 その際に、出挙米を拠出するなど、幕府や公家・寺社は徳政*2を行ってきた。
 そうした時代背景がスムーズに回っていた出挙というシステムが、百姓を多重債務に苦しめる方向にはたらきだすことは想像に難くない。

 さて、そうした貸借システムは租税の延滞の際などの納税システムや、出挙銭と呼ばれる金銭貸借に至るまで、その種類を増やしていくことになるのだが、その際、それらに「利子の制限があったのか」は本稿のテーマとして気になる点である。


 利率の制限ではなく、利倍法による制限が生きていた


 ここで興味深いのは、本書の史料に拠れば、そうした貸借において法による利子率の制限はほとんど無かったという点である。
 冒頭で述べたような現在の利率による利息制限は稀有だったというわけである。

 では、借金がどんどん膨れ上がっていったのかと言うとそうではない。
 出挙の利息が増殖するのは480日間だけであり、また利息が元金の倍を超える部分については弁済の必要がなかった(返済総額は元金の3倍超にはならなかった)。
 また、借銭の利息については同1年を限度に、利息の半額、0.5倍までしか増殖できなかった。
 いずれの場合も、利息計算において複利は認められなかったと本書は指摘している。

 このように利率ではなく利倍法による利息制限が機能していたようであり、さらには武家法では10年、公家法では20年といった貸借関係の時効が設定されていたとの記述もある。債務不履行(デフォルト)が時限により公認されていたということらしい。
 この点、現代に殺人には時効があって借金に時効が無いのは確かに1つの疑問を投げかけてくれる部分ではある。

 しかし、本書も別の箇所で指摘する通り、当時の貸し借りは現代よりも非常に近い間柄での貸借であったから、リスク管理は一定程度行えていたし、*3こうしたことが中世以降の日本人の借金感覚を形成していったようにも思えてさらに趣き深い。

 また、貸借関係上の紛争解決には行政代執行を行う機関はほとんどなく、専ら債権者および債務者間の合意が重要だったと本書が指摘しているのもここで触れておく。


 「高利で貸す」のは悪いのか?


 災害・戦乱極まる時代に「貸し手がいる」ことがいかに重要であるかは容易に想像できる。
 特に飢饉に喘ぐ時期には貸借の利率が大きく跳ね上がっていたのは、金利に一定の需給環境が反映されていたことも示唆しているように思う。
 
 そして現在では、冒頭の利息制限法に加え、「年収の1/3まで」でおなじみの総量規制が行われている。
 今回、大阪府の貸金特区構想に政府は”ノー”を示したが、総量規制と併せて、それは健全な債務者を増やすことに寄与するかもしれないが、同時に「高利でも借りないと生活できない」という需要を(消すという意味ではなく)”ヤミ”に葬ってしまうことにもなる。

 需給や信用リスクなどで決まる金利を法が規制することは一見当たり前のようだが、もしも「一定の回収ルールの基に、誰もが自由に金利を決めて、自由に金銭の貸借が行える世界」が局地的にでも実現したら、その金利の幅は一定の間に収まると思うし、その世界が広がるにつれ、借り手の学習能力が上がるにつれ、その幅は小さくなるだろう。

 よって、前述の規制はその機会を奪っているという見方も出来る。その視点は、「高利で貸すのが悪い」のではなく、高利貸の回収方法や、借り手への金融教育(と、いうよりこの場合は借金教育だ)の不徹底が悪いという目線を与えてくれるわけだ。
 たとえば、生命保険を担保に取った貸借は貸し手に歪んだインセンティブを与えているかもしれないし、その存在を知らずに借りた人は大勢いるわけだ。この場合も、悪いのを「高利」のせいにすることは難しいだろう。

 少し前だが、日頃お世話になっている方が「借金についての教育をしたい」と仰っていたのを思い出した。
 しかし彼のいう「借金についての教育」とは普通我々が想定するような借金の悪い点を教えたり、悪徳業者に騙されないための教育ではなく、それらを押さえた上での「おカネの借り方」の教育であった。
 研究は必要だが、この試みならば私も本当に参加してみたいと思う。


 私が貸借の自由を唱えると批判を受けることがあるが、一方、その自由を奪うことで何が奪われるのかに思考をめぐらすことを忘れてはいけないように思う。
 貸借は経済の潤滑油であり、金利は市場に貸し手をもたらしてくれる。そのプライスが異常に高いならば、本来借り手は現れるべきではないように思うが、果たして「高利で貸す」のは悪いことなのだろうか。


中世の借金事情 (歴史文化ライブラリー)

中世の借金事情 (歴史文化ライブラリー)


No.1エコノミストが書いた世界一わかりやすい金利の本

No.1エコノミストが書いた世界一わかりやすい金利の本

*1:もちろん、府県をまたいだ貸借が行われるので「特区」以上の範囲で機能する懸念があるという理由説明もされているので、そこは注意。

*2:いわゆる徳政令と同一視出来ないものもあるが、傾向としては似ている。

*3:「[http://column.daiwa.jp/study/microfinance/10/0208_371.html:title=マイクロファイナンスの現場から - 第1回 途上国における高利貸業の実態] / 大和証券」を併せて読むと面白い。