「1社員1PCが日本を停滞させたかも」と仰るお爺様について
山陰合同銀行の元融資部長でいらっしゃる周藤巌氏の書いた失われた20年/パソコン全時代も素因というコラムだか説教だか分からない文章が先日からいい具合に炎上しているわけですが、すべてを「団塊の戯言」と切り捨てる前にちょっと書いてみます。
「失われた20年」の一因はパソコン全員配布にあり?
このあたりが最大の炎上ポイントと思います。
周藤氏の文章から引用します。
官民を問わず、職場の風景、特に事務系職場において、この二十数年間で最も大きい革命的変化は、パソコンが職員一人一人に配布されたという事実だと思う。各社の社長はすべて、IT時代の到来の流れとはいえ事務系管理部門の生産性向上をもくろみ、業績向上を願って決断されたに違いない。果たして、もくろみ通り業績向上に寄与したのであろうか。ひょっとすると、「失われた20年」の何かの素因が、ここらに潜んでいはしないか、と素朴に思うのである。
本文は「ひょっとすると」や「偶然だろうか」といった文言が柔らかく挿入されていますが、おそらくOBとして銀行員に語るときはもっと断定に近いんじゃないだろうかと思うくらいに全体に「1社員1パソコン時代」への嘆きが綴られている文章です。
周藤氏は「事務系管理部門の生産性向上をもくろみ、業績向上を願って決断されたに違いない。果たして、もくろみ通り業績向上に寄与したのであろうか。」と疑問を呈していらっしゃいますが、今回中心に語られている地域金融機関を取り巻く環境を見るに、疑問を放り投げる前にもう少しだけ考えてみてもよいことがあるのではないでしょうか。
残業可能時間の減少
思い返せばこの失われた何年とやらは、金融機関に限らず、利益が上がらず、人を減らせない*1時代でありました。
特に、多くの金融機関は*2営業間に設置された監視カメラ等により、従業員の(本部を除く行内での)実際の勤務時間の検証が外部から実施しやすい環境にもあり、銀行の中で残業にて仕事が出来る時間が次第に限られていくことになりました。
そんな中、周藤氏は「タテのライン<社長↓経営陣↓部長↓課長↓係長↓職員>が希薄になり」と指摘されていますが、逆にここが厚いと、ただでさえ行内で仕事が出来る時間がなくなってくるわけです。
もちろん、銀行の外から内部の情報にアクセスできるはずもなく、顧客情報の管理も厳格になり、末端の営業をやる社員が持ち帰って出来る仕事の総量も減っていきます。
強化されたガバナンス
不良債権がボロボロ出てきた時代を経験し、企業の不祥事が相次ぎ、また国際的にも企業経営や従業員などの統治へのニーズが増すにつれ、銀行の「各支店の営業を本部がいかに管理していくか」という点も一緒に、日増しに重要になってきました。
周藤氏は現在の営業を「画一思想もまん延している」と非難していますが、これを「パソコン全時代」の観点から指摘するのは難しいように思えます。
また、かつては預金獲得と貸出がメインであった銀行の営業も、利益を稼げるような新しい金融商品の販売やらをやっていく必要性が出てきます。
これに伴って顧客から訴えられるリスクも増え、お客さんと銀行員がどういった交渉をやってきたかを、後から修正のできない形式で残していく必要性が増してきます。
こうなってくると、従業員の営業記録を紙に残すということはもはや許されなくなってくるのです。
また、不正防止の観点からも、各々の従業員に固有のログインIDを渡すしかありません。
各人がそれを使って銀行の中でパソコンにログインして、日々の営業の成果や顧客との交渉経緯などを入力しなければならないのですが、ここでも普段の業務をやった上で、銀行の中で仕事が出来る時間も限られてくるとなると、1人1パソコンくらいまでやらないとなかなか対応できなくなってきます。
「パソコン全時代」を周藤氏の立場から否定するとなると、これは大変なことだと思います。
預金勧誘は「当然の原点」
周藤氏の疑問はパソコンによる日本停滞論に留まらず、「例えば、銀行など金融機関なら、ボーナス時期ともなれば、行員が預金勧誘をするのは当然の原点行為のはずだが、最近はどうか。」とまた疑問を投げかけられるわけですが、ここはまぁ*3微妙なところです。
預金を集めるだけで儲かっていた頃の名残で「預金を売る」という言い回しをされる方もいらっしゃいますが、今では預ったお金にこれだけの利息を支払い、これだけの預金保険料*4を支払ってとか*5やってると総資金利鞘は0.21%なんですって。
もちろんこの預金と貸金の利鞘なんて、都市に行けば行くほど競争が働いて縮まっていくわけで、メガバンクとかだともう単なる預金集めなんてやっててもという感じ。(まぁ普通の銀行はだいたいそうなんだけど。)
…なのですが、地方の金融機関にとっては、一理あるかもよと思うわけです。
山陰合銀さんはこれから「預金の出来る長期国債ファンド」 *6を目指すことになるわけですから、まぁこの時代のボーナス時期に現金集めに行くという普通ならスーサイディックとしか思えない行為は置いておいて、このあたり、言いたいことは分からなくもありません。
特に「新たな収益機会の創出」を課題に掲げられる合銀さんの元融資部長がセミナーを「丸投げでなく、自分でやれ」という気持ちも分かるといえば分かります。*7
周藤氏はこれらを総括して「”パソコン全時代”が複合的な負の素因の中の一つを担っているような気配が感じられて仕方がない」と述べていらっしゃいますが、現場の方もさぞかし大変だろうなぁと思うに至った次第です。
…とまぁ、簡単に周藤ちゃん「お前なあ、」的なことを書いてみたですが、高齢化フェーズから人口減フェーズへと移りゆく(or移った)地域の金融機関に関わる方こそ、彼の言葉を最後まで読んでみる意義は皆無とは言えないかもしれませんよ。