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自民圧勝、ニッポンの「入りにくく、出にくい」生活保護はどうなるか

自民党圧勝―。
正直、ここまでのものとは予想していなかった。

さて自民党といえば、河本準一さん家族が象徴的だった、受給者も過去最多を更新中生活保護・不正受給問題について今年中盤でもっとも徹底的に追及してきた党である。


当時のNHK「時事公論」では以下のような解説がなされている。

受給者が増え続ける中で、一層、厳しい眼が向けられているのが、不正受給です。今回のケースは不正とは言えませんが、平成22年度に明らかになった不正受給は全国で2万5千件、129億円に上ります。政府は金融機関を通して資産調査を強化するなど、対策に力を入れるとしています。

ただ、難しいのは、不正に厳しく対処しなければならない一方で、保護を必要とする人が急激に増え続けているという現状です。窓口での対応を一律に強化すれば、扶養義務のある親族の扱いと同じように、本当に必要な人に支援が届きにくくなる心配があります。

すでに窓口での厳しい対応はみられます。札幌市では今年1月、生活保護を受けられずに、姉が死亡、障害のある妹がその後、部屋で凍死するという事件が起きました。相談を受けた市の担当者は、姉妹の窮状を知りつつ、「仕事を探すことが保護の条件だ」と説明、姉は保護の申請をせずに帰ったということです。

生活保護制度をめぐって問われているのはむしろ、今の“入りにくく、出にくい”と言われている、この制度のあり方をどう見直すかです。

時論公論 「問われる生活保護制度」 | 時論公論 | 解説委員室ブログ:NHK
NHKスペシャル 生活保護3兆円の衝撃


 

そこで、今回はなぜ現行の生活保護制度が「入りにくく、出にくい」と言われているのかを、生活保護法における「能力活用要件」に着目した黒田有志弥氏(国立社会保障・人口問題研究所・社会保障応用分析研究部研究員)の考察をもとに眺めてみることにしよう。

先に結論から述べると、生活保護が現行「入りにくく、出にくい」となっている大きな理由の1つが生活保護制度において、保護申請時と受給中とで「能力の活用」という生活保護の実施要件を欠いた場合の法的な取り扱いが異なっているということである。
以下、具体的に見ていく。

生活保護

(この法律の目的)
第一条  この法律は、日本国憲法第二十五条 に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。

(無差別平等)
第二条  すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護(以下「保護」という。)を、無差別平等に受けることができる。

(最低生活)
第三条  この法律により保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。

(保護の補足性)
第四条  保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。
2  民法 (明治二十九年法律第八十九号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。
3  前二項の規定は、急迫した事由がある場合に、必要な保護を行うことを妨げるものではない。

生活保護法4条1項はこのように、「補足性の原理」である「能力の活用」を謳っている。
これにより、実務上は生活保護を申請する人が、「その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用」していない場合は生活保護の対象にならないと解釈されている(後ほど触れるが、その具体的な解釈は時勢において異なることに留意)。

そして、生活保護をめぐる議論で度々参照されるのが上の第1条にも記載のある、「生存権」を謳った憲法25条である。

日本国憲法

第二十五条  すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

この条文と生活保護の関係であるが、現状はこの規定によって国家が第1次的かつ全面的にその責任を負うとは解されてはいない。
その根拠の1つに憲法27条の存在がある。

日本国憲法

第二十七条  すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。

行政解釈においては、この憲法27条1項により国民は勤労義務を負っており、憲法25条はこれを前提として国民の生存権を保障したものであるから、その能力および機会があるにもかかわらず、その者の能力の範囲内で紹介された職業に就くことをあえて忌避する者については、生活保護法による最低生活の保障が及ばないとしても憲法上問題はないとされている。

これらにより、現行解釈上で「生活保護とは何か」をまとめると、以下のようになりそうだ。

 
国は生活に困窮するすべての国民に対する責務として、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障する(生活保護法1条)ものの、その前提として生活に困窮する者は、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを求められる。(生活保護法4条)

こうして、国民が生活についての責任を果たしてもなお「最低限度の生活」が維持できない場合において、最後の拠り所として生活保護が存在している。
 

実務上はこういった解釈をもとに、申請者に対して生活保護を行う必要があるかどうかを判定するため、要保護者の資力調査(ミーンズテスト)が行われているわけだが、それと同時に困窮者からの申請を受ける側である行政は、生活保護を受けるための要件であるため、生活に困窮する者が「その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用」しているかどうか調査を行なっている。
(困窮者が「最低限度の生活」を維持しようという努力〈稼働能力活用の判断〉を行なっているかを判断している。とはいえ、その具体的な判断はこうした解釈の揺れによって変わることとなる。)


さて、脇道に反れたかのように思われるかもしれないが、生活保護制度の「入りにくく、出にくい」という仕様は、こうした解釈をもとに行う生活保護「申請時」と「受給時」における稼働能力活用の判断に相違があることが1つの原因となっている。

以下、「申請時」と「受給時」の行政実務の判断を比較することでそれを見てみよう。

生活保護「申請時」の判断


行政は生活保護の申請を受けると、14日以内に保護をするか否かの判断を下すことになる。
その判断要素の1つに、先ほどの「稼働能力の活用」がある。

申請者とその世帯の構成員が、その「稼働能力」を有するにもかかわらずそれを活用していないと判断されれば、保護の要件にかけるとされて生活保護申請は却下される。

現行の行政実務上はこの「稼働能力の活用」判断を(1)稼働能力があるか、(2)その具体的な稼働能力を前提として、その能力を活用する意志があるか(3)実際に稼働能力を活かして就労の場を得られるかにより判断するとしている(生活保護手帳)。

したがって、行政実務上は稼働能力があっても、失業率が高かったり、申請者の技能や経歴、心身の状態などに適した就労の場がない場合であっても、稼働能力を活用しようという努力がみられれば、稼働能力を活用していると解される。

生活保護「受給中」の判断


「稼働能力」活用の要件は生活保護受給中においても当てはまる。
しかしながら、申請時の判断とは異なり、生活保護受給者が稼働能力を活用していないと判断される状況にあっても、ただちに保護が打ち切られる仕組みにはなってはいない。

より具体的に、実務上は以下のような検討をたどる。

生活保護受給世帯に稼働能力を有する者がいる

その者が稼働能力を活用しているかを判断する

活用がなされていない場合、求職活動などを行うことを求めるよう指導・指示をする

その指導・指示に従う様子がみられない場合に、保護の変更・停止・廃止の処分がなされる

このように、行政実務においては「現に就労の機会を得ていながら、本人の稼働能力、同種の就労者の収入状況等からみて、十分な収入を得ているとは認めがたいとき」に必要に応じて生活保護法27条による指導指示を行うとされている。

生活保護

(指導及び指示)
第二十七条  保護の実施機関は、被保護者に対して、生活の維持、向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができる。
2  前項の指導又は指示は、被保護者の自由を尊重し、必要の最少限度に止めなければならない。
3  第一項の規定は、被保護者の意に反して、指導又は指示を強制し得るものと解釈してはならない。

一般的に生活保護法27条による指導指示は、被保護者(保護を受ける人)に対して直接、口頭により行われる。
しかし、口頭による指導指示によってその目的を達せられなかったとき、または達せられないと認められるとき、あるいはその他の事由で口頭で指導指示を行うことが適切でないときは、文書によってなされる。

そして、この文書による指導指示にも被保護者が従わない場合には、必要に応じ、かつ、所定の手続きを経た上で当該世帯または被保護者に対する保護の変更・停止・廃止などが行われることになる。

とはいえ、この保護の変更・停止・廃止をめぐる判断においても「申請時」とは異なり、稼働能力を有する被保護者がその能力を活用していないと判断とされたとしても、当該被保護者の保護の必要性に十分配慮した取り扱いが行われている。

こちらもより具体的にその運用をみると、被保護者に対してその勤務先、就労日数、収入額等を記載した収入申告書を原則として毎月提出させ(被保護者が就労していない場合には求職活動状況や収入申告書を毎月提出させる)、申告されたこれらの内容がその地域における求人状況・賃金水準・就労日数・申告者の稼働能力などを勘案し、稼働能力が十分に活用されているか(また、求職活動の方法等が適切か)どうかを判断する。

とはいえこれがなされていないと判断された場合でも、すぐに生活保護の変更・停止・廃止が検討されるわけではなく、稼働能力が活用されていない要因を分析した上で、自立支援プログラムへの参加勧奨や必要な助言を行うとともに支援方針の見直しが行われることとなる。

「入りにくく、出にくい」の実情


以上、主に生活保護の実施要件における「稼働能力活用」の判断スキームのみにクローズアップして行政実務上の運用を俯瞰してきたわけであるが、この「稼働能力活用」の判断スキームそのものが保護「申請時」と保護「受給中」で変わるところはない。

にもかかわらず、この「稼働能力活用の判断」が「入りにくく、出にくい」生活保護の実情を体現していると思われるのは、「申請時」においては稼働能力を活用していないと判断された場合に、それを根拠として申請が却下される可能性が高いのに比べ、「受給中」においてはその活用が認められない場合においてもただちに給付が打ち切られることはなく、口頭による指導指示→文書による指導指示を経て、それでもなお指導指示に従わない場合に、保護の変更・停止処分・廃止処分が検討されるという点である。

先ほども軽く触れたように、このように「受給中」の判定がより慎重である理由は、被保護者が「保護が必要と判断された」ことに十分に配慮する必要があるためである。

しかしながら、この運用は現に稼働能力を有するものが生活保護を受けようとするときには過度に保護決定を制約する方向にはたらく可能性がある一方で、現に生活保護を受給しているものに対しては稼働能力を活用する意欲を阻害する要因となる。

その結果、黒田氏は「本来、保護が必要な貧困者に対して保護が与えられず、保護が必要でない世帯に給付され続けるという現象が生じうる」と結論づけており、このことが生活保護制度の「入りにくく、出にくい」現状を端的に表現しているように思える。

衆院選を経て、現行よりも「入りにくく、出されやすい」生活保護政策へ?


ここまで何度か述べたように、こうした生活保護申請者・受給者に対する運用も、そのときそのときの「解釈」によって揺れてきた。
そこで最後に、目下の状況はどうあるのかというところを見てみよう。

次回の衆院選で第1党の復帰が予測されている自由民主党はこの生活保護問題について、

自民PT、生活保護基準下げを 改正案了承 - 47NEWS(よんななニュース)
と、政権奪還後の保護基準引き下げを目指している。
もう少しだけ具体的に見てみると、
163 生活保護制度について

生活保護制度については、真に必要な人に生活保護が行きわたるとともに、納税者の理解の得られる公正な制度に改善し、国民の信頼と安心感を取り戻します。

そのため、自助努力による生計の維持ができない者に対する措置ということを原点に、不正受給への厳格な対処とともに、生活保護水準や医療費扶助の適正化、自治体における現金給付と現物給付の選択的実施、自立や就労の促進など必要な見直しを早急に実施します。生活保護水準については、勤労者の所得水準、物価、年金とのバランスを踏まえ、生活保護の給付水準を10%引き下げます。ジェネリック薬の使用義務化やレセプトの電子化によるチェック機能の強化等により医療費扶助の抑制・適正化を推進します。

また、不安定な家庭環境等にいる子供たちへのセーフティーネットの確立、教育の提供体制の整備などにより世代間の貧困連鎖を防止するとともに、高齢者、障害者等の就労不可能者と就労可能者とに制度を二分し、就労可能者を対象に、就職斡旋を断った場合の給付の減額・停止の仕組みや有期制の導入などを検討します。

ケースワーカーの民間委託の推進や成功報酬制の導入等により、ケースワーカーのマンパワーを拡充します。稼働層の自立を促進するため生活保護卒業時の自立資金に充てる「凍結貯蓄」を制度化します。

安倍総裁が公約を発表 生まれ変わった自民党の姿を示す | 自由民主党

また、過去の谷垣総裁時代に片山さつき氏や世耕弘成氏を中心に、生活保護不正受給への問題提起が行われる中、自由民主党は「【PDF】自由民主党:「手当より仕事」を基本とした生活保護の見直し」という生活保護制度の見直し策をまとめているが、同党の現在の生活保護プロジェクトチームの座長が安倍総裁下においても世耕氏であることをみるに、政権奪還後に提出される予定の生活保護法改正案の骨子もこの資料の見解に沿うものと思われる。

同資料では「民主党政権下で、生活保護費は25%以上膨らんでいます。」とし、

民主党政権になって、生活保護制度に対する国民の不公平感・不信感が高まっています。そもそも民主党社会保障の考え方は、国民を自立させるのではなく、「公助」を前面に出して「誰でも助ける」というものです。その顕著な例が、政府が出した生活保護の通達です。平成21年12月、政府は、生活保護の申請があった場合「速やかな保護決定」をするように地方自治体に通知しました。これが引き金となって、生活保護世帯が増加し、生活保護費は、既に3.7兆円に急増。この3年間で8,000億円も膨らんでいます。

と解説。
その批判に基づき、自助・自立を基本に生活保護を見直すことで「制度の信頼を取り戻す」と主張する。

こうした見解について、(独)労働政策研究・研修機構:周燕飛氏/学習院大学経済学部:鈴木亘氏による「【PDF】生活保護率の上昇要因-長期時系列データに基づく考察-」は、近年の生活保護費の急増を景気変動などのような「一時的要因」と、高齢化や制度運用面の変更といった「恒常的要因」に分解して考察し、「1992年4月以降の生活保護率上昇は、それ以前の情報では説明できないほど上方に乖離しており、その乖離の大部分を恒常的要因が説明することが分かった」と結論づけている(なお、鈴木亘氏は「維新の会」の政策アドバイザーでもある)。

こうなった理由について同氏らは「恒常的要因の他の有力な候補として考えられるのが、厚生労働省による生活保護行政の制度的変化である」としており、表を用いて以下のように歴史的分解から現行制度に基づく将来予測を行なっている。


日本の生活保護制度は、厚生労働省による法令や通達によって、細かい指示がなされており、生活保護受給の基準についても、その時の厚生労働省生活保護行政の運営スタンスによって大きく影響される。

(中略)

このように、厚生労働省による生活保護行政の運営スタンスは、恒常的要因の動きをよく説明することができる。したがって、生活保護行政のスタンスが大きく変化しない限り、今後も生活保護率は上昇してゆくものと考えられる。もちろん、高齢化などの恒常的要因の基調も変わらないことも、生活保護率上昇に今後も寄与してゆくことになるだろう。


したがって、今年はユーキャン新語・流行語大賞の候補語にも生活保護を意味する「ナマポ」が入り、自民・維新で安定多数という今回の衆院選結果から、民主党政権下の生活保護政策の反省を行うという観点のもと、再び運用が引き締められる可能性が高い。

特に自由民主党政権公約案によれば「生活保護制度については、真に必要な人に生活保護が行きわたるとともに、納税者の理解の得られる公正な制度に改善し、国民の信頼と安心感を取り戻します。」との記載はあるものの、後者は詳細な記述が列挙されども「真に必要な人に生活保護が行きわたる」という記述については具体的な説明が見当たらない。

これらを勘案すると、来年からの生活保護制度は現行よりも「入りにくく、出されやすい」運用となる可能性が非常に強い。
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参考資料


黒田有志弥(国立社会保障・人口問題研究所・社会保障応用分析研究部研究員)「生活保護法における能力活用要件に関する一考察」 など